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これからの世界をつくるために

次の文章は、レポートの書き方を学ぶという趣旨で個々人が簡単なテーマを設定し、とりあえずレポートを書いてみようという授業で課されたレポート課題のために書かれた文章である。この内容にもあるとおり、筆者は何かしらの発信をしたいという思いがあり、こうやってブログにアップしデータを残しておくことにした次第である。のちにドメインを獲得し独自にブログを作り上げるまでの間はここに記録を残していくつもりであるらしい。個人が割れない程度には気をつけつつ続けていきたい。

 

はじめに

私は現在、筑波大学 情報学群 に所属する学生としてこの研究学園都市つくばの地で大学生活を謳歌させてもらっているわけだが、ふと気づけばもう一年目も残すところあと実質二ヶ月ほどもなく、つい先日には来年度入学してくるAC入学者や推薦入学者まで決定してしまった時期である。そんな状況で私が入学してから今まで行ってきたことと言えば、普段の学業はもちろんだが、サークル活動やその他余暇活動ほどしかなく、このまま進級し年月が過ぎてしまい、いざ自分が社会に出るということになったときに相当な苦労をしてしまうのではないかという懸念が生じた。このレポートでは、上記のような状態を脱しこれからの世界を形作っていける人材となるための要素を提案することを目的とする。

現状分析:必要とされる人物とは

社会の現状について、落合(2016)[i]は次のように述べている。

“いまの資本主義社会は物理的リソースではなく「人間」が最大の資本ですから、シェアできない暗黙知の持ち主の大勢いる会社が強い。専門性を絞ったからといって、将来の進路まで絞ることにはなりません。繰り返しますが、専門性が低く、何でも器用に処理できる浅く広い人材のほうが、これからは人材としての価値を評価されにくいのです。”

“誰もが共有できるマニュアルのような「形式知」は、勝つためのリソースにはならない。誰も盗むことの出来ない知識、すなわち「暗黙知[ii] (注.一般的な語意とは少し異なる)を持つ者が、それを自らの資本として戦うことができるのです。”

 私自身、正直に告白すると、今のこの進路を選んだのは、かなり専門性の高い職になりたかったというわけではなく、情報系の学問を国公立大学で学べるからという理由が大きい。何年か前に中学を卒業し地元の高校に進学したのと同時に、入学祝いとしてスマートフォンを手に入れたことがあったのだが、そのころからインターネットに触れる機会は飛躍的に増え、自然と将来の自分像をぼんやりと考えていくようになった。そのころから、どういう原理かははっきりと把握していなかったにせよ、何か一点に突出した人間は、本当にその道のトップでもない限り評価されにくく、それしか出来ないのであればやがて淘汰されていく、というのはなんとなく認識していたと記憶している。だからこそ、コンピュータを使って何でも出来そうな、しかしその一方でオンリーワンを目指すことの出来そうな分野としてここを選び、足を踏み入れたわけである。この選択自体は全く問題なく正しい道を選べたと考える。

しかし、一方でその環境下で与えられた権利を行使することなくむざむざと放置している感があるのは否めないだろう。例えば、高校までと違いほどよく空いている自由時間には隙を見て昼寝し、専門性を高めうるプログラミングの授業では事前の準備が不足しTAに頼り切って課題に取り組みそれだけでわかった気になり、あげく課業が終われば即サークル活動にゆく。ぎりぎりで提出課題をこなす力だけが身についていく生活である。これでは、「暗黙知」はおろか「形式知」さえも獲得することなく四年が過ぎてしまうだろう。(あるいは四年たたずしてこの場を去ることになるかもしれない)振り返れば何もしていないこの生活をどうにか改めていく必要がある。

なにをすべきか

たとえ一度は暗黙知を持っていてもそれはやがて時間とともに形式知になっていく[iii]、ということも併せて考えると、ただ一つのことのみについて専門性を持っていることは長期的に見ればあまり用をなさないということがわかる。これから大切となってくるのは時代の激しい変化に対応できるだけの素地を持つことだ。それはつまり時代の波に流されない力、もっといえばその時代の波に乗ることの出来る力を持つことである。そうして初めて落合のように時代の波を作る側の人間、「暗黙知」をもって自らを資本とする人間になれるのであると考える。さて、どのようにすればどんな変化にも柔軟に対応出来るようになるのだろうか。

実のところ私は、この問いに対する答えをもうすでに持っている。幸いなことに、大学生活で何もしてこなかったなりには比較的多くの人と出会い、伝え、話を聞く機会を得たためだ。

―― 大切なのは「知ること」と「つくること」である。

知ること

 何も大学内のことに限ったことではなく、広義の意味での「知る」ということが大切である。これはもちろん自分自身が実際に手を動かして学ぶということに加えて、たくさんの人との出会いを通じて社会ひいては世界を知ること、全体を見渡す広い視野を獲得するという意味も含んでいる。すなわち「経験する」という部分もここに含まれるだろう。見て聞いて感じてそれを自らの血肉として吸収する、そうすることで時代の荒波にも負けない強さが手に入ると考える。では、そのためには具体的には何をすれば良いだろうか。アクションを起こすことだ。幸いこれまでの大学生活では環境に恵まれていたがために、なんとなく面白そうなことがあればそこに行き話を聞き様々に行動できた。しかし今後もそううまくいくとは限らない。情報に対してより敏感にアンテナを張り、自分の興味を引く物事、人物に対して少しもためらうことなく積極的にアプローチしていくことが肝要である。友人間の閉じた関係だけでなく、もっと社会に向けた取り組みに対して目を向けていくと良いだろう。

つくること

 それを得るためにいくらかの時間を費やし、何らかの形で記録されるモノを作り上げるというのはとても大切である。プロダクト、アート、センテンス、プログラム、インフォメーションetc.なんでもよいから自分で作ってみてそれを記録として残せることが成長につながる。なぜならそれを見た誰かが必ずなんらかの評価してくれるからだ。おそらくその誰かはフィードバックをくれるほど親切な人ではないかもしれないが、そのひとに必ずなんらかの影響を与えるはずであり、それがプラスであるかマイナスであるかに関係なく、誰かに影響を与えたという事実そのこと自身に価値がある。さらにそれは人と人との関係においても言えるだろう。人とのつながり、いわゆるコネというやつを増やしていくことは、その数自体にはもちろん、それを形成していく過程に大きな価値がある。一つ前の「知ること」ともつながるが、人と実際にあって挨拶をし、互いを認識し、理解しようと試みることで人としての付加価値が大きくなる、と私は考える。それはつまり、自分以外の考え方を直接的に知られることでさらに複雑に思考が出来るようになったり、何かをつくる上での表現のあり方になんらかの変化を及ぼしたりするからだ。

 さて具体的には何が出来るだろうか。モノを作ることに関しては簡単だ。手当たり次第に興味を持って自分の考えを形にしていけばいい。しかしここで問題となるのは、完璧を求めていつまでも取りかかることなく何もせずに時を過ごしてしまう人類が真っ先に捨て去るべき特性の存在だ。その人がそれまで過ごしてきた環境が原因であるにせよ、その常識を一刻も早く捨て去り批評を恐れずとにかく作ってみることだ。それがたとえ他人の作品の模倣にすぎないものであったとしても、である。一方でコネを作ることに関してもなんら難しいことはない。人に会うこと、そしてその人に会ったということを記録しておくことさえすれば良い。技術の発達した現在においては、即座に写真が撮れるし、その写真をSNSにアップすればすぐに記録、そして上方の拡散が出来る。類は友を呼ぶ の言葉通り、それに興味を持ったまた別の人が是非会おうと声をかけてくれるかもしれない。これらを実行していくためには絶えずアクションを起こすことが必要となってくるが、人とのつながりという部分においては、知るということ、つくるということは密接につながっていると言える。

おわりに

 夏休みを終えてからというものずっと体調が悪く秋にはいつも思いを燻らせていた。冬にはとうとう手術をしなければならない事態に発展した。(春休みにオペを予定している) しかしその一方で自分が何にも出来ないなりに人に会い話を聞き完全に復帰するであろう春以降には何か出来るように準備を整えてきたつもりである。思考もなるたけ深く深く時間をかけ、最近になってようやく人生の指針らしきモノは見え始めてきた。まだまだ何かが出来るというわけではない(何もしていないので当然である)が、やっと何か出来る段階にまで快復してきたのだから、ここで何かせねばまた逆戻りしてしまう。こうして文字に直してみて改めてきちんと自身の考えを整理することが出来た。課題設定の「論証型」というテーマからはかなり脱線してしまった感があるが、そのあたりは本当に申し訳ない。計画性を持って取り組むことの大切さを再認識した。

 

[i] 落合陽一.これからの世界をつくる仲間たちへ.初版,東京,小学館,2016,223p.

[ii] 野中郁次郎日本学術会議第150回総会◆特別講演◆:イノベーションの本質―知識創造のリーダーシップ―.学術の動向.2007,Vol. 12 ,No. 5, P 60-69,1884-7080,https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits1996/12/5/12_5_60/_article/-char/ja/,(参照;2016/12/13).

[iii] 中山庸子,真鍋俊彦,竹林洋一.知識情報共有システム(Active/Help on Demand)の開発と実践:知識ベースとノウハウベースの構築.情報処理学会論文誌.1998,vol.39,No.5,P 1186-1194,https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=8&item_id=13080&item_no=1, (参照;2016/12/13).